
はじめに
「心不全にβ遮断薬は禁忌」——かつて、これは医学界で広く受け入れられた考え方でした。
心臓のポンプ機能が弱っている患者に、さらに心収縮力を低下させるβ遮断薬を投与するのは、理屈の上では矛盾しています。
しかし2001年、重症心不全患者を対象としたCOPERNICUS試験で全死亡率65%減少が示され、この考え方は大きく見直されることになりました。
本記事では、その主役であるカルベジロール(アーチスト®)を軸に、β遮断薬が心不全治療の柱になるまでの道のり、その独自の作用機序、そして糖尿病患者での使いやすさまで、できるだけわかりやすく、かつ深くまとめました。
カルベジロールは単なるβ遮断薬ではありません。
β遮断+α1遮断+抗酸化作用という3つの薬理作用を持つ「第3世代β遮断薬」であり、心不全・高血圧・狭心症・心房細動に加え、門脈圧亢進症や認知機能保護への応用も研究されています。
薬学生にも現場の薬剤師にも役立つよう、「なぜこの薬だけが心不全に有効なのか」「なぜ糖尿病患者に選ばれるのか」を理解できる記事を目指しました。
まずは、カルベジロールの基本的なことを再確認しておきましょう。
3分でわかるカルベジロール
商品名:アーチスト®
一般名:カルベジロール
薬効分類:第3世代β遮断薬(非選択的β遮断+α1遮断+抗酸化作用)
特徴:心不全治療で死亡率65%減少のエビデンスを持つ心血管保護薬
主な適応症
慢性心不全(HFrEF:左室駆出率低下型)
本態性高血圧症
狭心症
頻脈性心房細動
開発の経緯
1980年代、「β遮断薬+血管拡張作用」というハイブリッド設計で誕生。
当時「心不全にβ遮断薬は禁忌」とされていた中で開発されました。1995年に日本で承認、2001年のCOPERNICUS試験で心不全治療の位置づけが大きく変わりました。
作用機序
β遮断+α1遮断のダブルブロックが基本。
β1受容体遮断で心拍数を下げ、心臓を「休ませる」
α1受容体遮断で血管を広げ、心臓の負担を軽減
抗酸化作用で心筋を活性酸素から保護
これらの複合作用で、長期的に心機能を改善
臨床での位置づけ
2025年心不全ガイドラインで推奨クラスI、エビデンスレベルA(HFrEF)。
心不全治療の"四本柱"(β遮断薬、ACE阻害薬/ARB/ARNI、MRA、SGLT2阻害薬)の一つです。日本で心不全適応を持つβ遮断薬は、カルベジロールとビソプロロールの2剤のみ。
他の薬との違い
β遮断薬で唯一、α1遮断作用と抗酸化作用を併せ持ちます。
ビソプロロールと比べて糖尿病患者に使いやすい(インスリン抵抗性を改善)
抗酸化作用による追加の心筋保護効果
ただし起立性低血圧には注意が必要
それでは、本題に入っていきましょう。
カルベジロールの作用機序
1. β受容体の遮断(非選択的)
カルベジロールはβ1受容体とβ2受容体の両方を非選択的に遮断します。
β1受容体は主に心臓に存在し、その遮断により以下の効果が得られます:
心拍数の低下:心筋の酸素消費量を減少させ、心臓の負担を軽減
心収縮力の低下:過剰な心仕事量を抑制
レニン分泌の抑制:腎臓でのRAAS系活性化を防ぐ
一方、β2受容体は気管支平滑筋や血管平滑筋に存在します。
β2受容体の遮断により気管支平滑筋の収縮が起こる可能性があるため、喘息患者では慎重投与が必要です。
ただし、カルベジロールはα1遮断作用も併せ持つため、純粋なβ遮断薬と比較して気管支への影響は比較的軽度とされています。
心不全にβ遮断薬??
心不全では心収縮力を低下させることが一見矛盾に思えますが、カルベジロールなど特定のβ遮断薬では過剰な交感神経刺激から心筋を保護し、長期的な心機能改善につながります。これが「心不全のパラドックス」です。
2. α1受容体遮断作用
カルベジロールの最大の特徴は、β遮断作用に加えてα1受容体遮断作用を持つことです。
α1受容体は血管平滑筋に存在し、その遮断により血管が拡張します。
これにより全身の血管抵抗が低下し、心臓の後負荷が軽減されます。
β遮断薬は通常、末梢血管を収縮させる傾向がありますが、カルベジロールのα1遮断作用がこれを相殺し、末梢循環を改善します。

3. 抗酸化作用
カルベジロールは、β遮断薬のクラスエフェクトではない独自の抗酸化作用を有しています。
カルベジロールの化学構造に含まれるカルバゾール環が、活性酸素種(フリーラジカル)を直接的に除去します。
さらに心筋リモデリングの進行を抑制し、長期的な心保護効果と予後改善に寄与します。
4. 代謝への好影響
α1遮断作用による末梢血流の改善により、骨格筋でのグルコース取り込みが促進され、インスリン感受性が向上します。
このため、糖尿病患者でも比較的安全に使用できるβ遮断薬として位置づけられています。この点は他のβ遮断薬との違いの一つです。
心不全にβ遮断薬?:なぜ「禁忌」が「必須」に変わったのか
カルベジロールの臨床的意義を理解するには、まず心不全の病態とβ遮断薬の関係を整理する必要があります。
心不全の悪循環
心不全では、心臓のポンプ機能が低下すると体は「血液が足りない」と認識し、交感神経系を活性化します。
アドレナリンやノルアドレナリンが大量に分泌され、心拍数を上げ、血管を収縮させて血圧を維持しようとします。
短期的にはこの代償機構が心臓を支えますが、長期的には以下の悪循環が生じます:
心拍数増加 → 心筋の酸素消費量が増大 → 心筋が疲弊
過剰なカテコラミン刺激 → 心筋細胞死の促進
持続的な交感神経亢進 → 病的な心筋肥大(リモデリング)
RAAS系の活性化 → 体液貯留 → さらなるポンプ負担
つまり、体が心臓を助けようとする反応が、かえって心臓を追い詰めているのです。

β遮断薬が心臓を「休ませる」意味
β遮断薬は、この悪循環を断ち切ります。
過剰な交感神経刺激をブロックすることで、心臓を「鞭打つ」状態から「休ませる」状態へと転換させます。
心拍数が下がれば酸素消費が減り、カテコラミンの毒性から心筋細胞が守られ、リモデリングが抑制されます。
ただし重要なのは、心不全に使えるβ遮断薬は限られているという点です。
なぜ特定のβ遮断薬だけが心不全に有効なのか
心不全に有効なβ遮断薬は3剤のみ
心不全の死亡率を減少させるエビデンスがあるのは、世界で以下の3剤だけです:
カルベジロール(アーチスト®) — 日本で承認
ビソプロロール(メインテート®) — 日本で承認
メトプロロール徐放製剤 — 日本では心不全適応なし
他のβ遮断薬(プロプラノロール、アテノロール、カルテオロールなど)では効果が証明されておらず、むしろ心不全を悪化させる報告もあります。
これは「薬剤特異的効果」であり、β遮断薬なら何でもいいわけではありません。
有効な3剤に共通する4つの条件
1. ISA(内因性交感神経刺激作用)がない
ISA(Intrinsic Sympathomimetic Activity)とは「部分アゴニスト作用」のことです。
ISAを持つ薬(ピンドロール、カルテオロール、アセブトロールなど)は、β受容体を遮断しながら同時にわずかにβ受容体を刺激するという矛盾した作用を持ちます。
ISAがあると安静時も心拍数が70-80回/分から下がらず、心臓を「完全に休ませる」ことができません。
部分アゴニストは「ブレーキを踏みながらアクセルも少し踏んでいる」状態です。
心不全では完全なブレーキ(純粋なβ遮断)が必要なのです。
2. 適切な薬物動態
半減期が長く、1日1-2回投与で24時間安定した効果が得られます。
短時間作用型では血中濃度の変動が大きく、心保護効果が不安定になります。
3. 追加の心保護作用
カルベジロールには抗酸化作用とα1遮断作用があり、β遮断以外の効果も期待できます。
ビソプロロールは高いβ1選択性により副作用が少なく、忍容性が高いです。
4. 大規模臨床試験での実証
COPERNICUS試験(カルベジロール)、CIBIS-II試験(ビソプロロール)、MERIT-HF試験(メトプロロール)で死亡率減少が証明されています。
β遮断薬の臨床使い分け
α遮断薬単独は心不全に有害
カルベジロールにα1遮断作用があるからといって、α遮断薬単独が心不全に有効というわけではありません。
実際、ALLHAT試験ではドキサゾシン(α遮断薬)群は心不全リスクが2倍に増加し、試験が中止されています。
α遮断薬単独では反射性頻脈により心筋酸素消費量が増加し、体液貯留も引き起こします。
カルベジロールが有効なのは、β遮断により反射性頻脈を防ぎ、心拍数を適切に低下させながら、軽度のα遮断で後負荷を軽減する絶妙なバランスにあります。
カルベジロールのポイント:服用回数と用量
カルベジロールは心不全か高血圧かによって、服用回数が異なります。
心不全:1日2回(分2) — 24時間安定した血中濃度を保つため、朝夕に分けて服用します。
高血圧:1日1回(分1) — 1日1回でも十分な降圧効果が得られるため、服薬アドヒアランスを考慮して1日1回投与です。

心不全では少量から漸増する
心不全での開始用量は2.5mg/日 分2と非常に少量から開始します。
これは、心不全患者の弱った心臓にとって、β遮断薬の急激な導入は危険だからです。
1-2週間毎に段階的に増量していきます(1.25mg → 2.5mg → 5mg → 10mg → 20mg)。
高血圧の場合は10mg/日 分1で開始します。
エンレスト(サクビトリルバルサルタン)も同じパターン
実はこの「心不全では1日2回・高血圧では1日1回」というパターンは、ARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)のエンレスト(サクビトリル・バルサルタン)にも共通しています。
エンレストも心不全では50mg 1日2回から開始し漸増、高血圧では200mg 1日1回です。
心不全患者では急激な血行動態変化を避けるために少量・分割投与で開始するという考え方が、薬効群を超えて共通していることがわかります。
β遮断薬と糖尿病:カルベジロールが選ばれる理由
β遮断薬は心不全治療に大きな変化をもたらしましたが、すべての患者に同じように使えるわけではありません。
特に糖尿病患者では慎重な薬剤選択が必要です。
なぜなら、従来のβ遮断薬は糖尿病患者にとって大きく2つの問題を引き起こすからです。
問題1:低血糖症状のマスク
正常な低血糖反応では、血糖値が70mg/dL以下に低下すると交感神経系が活性化し、アドレナリン・ノルアドレナリンが分泌されます。
これによりβ1受容体を介した頻脈・動悸、β2受容体を介した手指振戦・不安感が起こり、患者は「低血糖だ」と気づくことができます。
β遮断薬を投与すると、これらの警告症状がマスクされます。患者が低血糖に気づかず、重篤な意識障害に至るリスクがあるのです。
ただし、β遮断薬でも消えない症状があります:
発汗(冷汗) — コリン作動性のため影響されない
空腹感 — 中枢性の症状
意識の変化 — 集中力低下、イライラ感
これらの症状を患者に説明しておくことが重要です。
問題2:糖代謝の悪化
従来のβ遮断薬は、複数の経路で糖代謝を悪化させます。
β2受容体遮断により膵β細胞からのインスリン分泌が抑制され、肝臓での糖新生が亢進し、筋肉でのGLUT4を介したグルコース取り込みが低下します。
さらに、β遮断による末梢血管収縮で筋肉血流が低下し、インスリンと糖が筋肉に到達しにくくなります。
脂質代謝にも悪影響を及ぼし、遊離脂肪酸の蓄積がインスリン抵抗性をさらに惹起します。
これらの機序により、従来のβ遮断薬は平均でHbA1cを0.1-0.3%上昇させ、新規糖尿病発症リスクを20-30%増加させます。
カルベジロールが糖代謝悪化を回避できる理由
カルベジロールは、上記の2つの問題をα1遮断作用によって回避または軽減できます。
糖代謝への好影響:
α1遮断による末梢血管拡張で筋肉血流が増加し、インスリン感受性が改善
血流改善により筋肉でのGLUT4発現が上昇
抗酸化作用による膵β細胞の保護効果
酸化ストレス軽減によりインスリンシグナル伝達が改善
低血糖マスクが比較的弱い理由:
α1遮断による血管拡張で顔面紅潮が残存する可能性
皮膚血流増加により温感の変化を感じやすい
純粋なβ遮断薬より低血糖を認識しやすい

ただし注意点もあります。
低血糖症状は完全にはマスクされないが軽減はされること
定期的な血糖自己測定の指導は必須であること
α1遮断による起立性低血圧は糖尿病性神経障害で増強される可能性があること
腎機能低下例では用量調整が必要であること
これらに留意が必要です。
主な副作用と対策
カルベジロールの副作用は、その薬理作用から予測可能です。
起立性低血圧(15-20%)
症状:立ちくらみ、めまい、ふらつき
機序:α1遮断による血管拡張
対策:ゆっくり起立、水分摂取、弾性ストッキング
末梢性浮腫(10-15%)
症状:下肢のむくみ
機序:血管透過性亢進
対策:利尿薬追加、減量考慮
徐脈(5-10%)
症状:脈拍50回/分未満
機序:β1受容体遮断
対策:減量または中止検討
さいごに
カルベジロールは、「心不全にβ遮断薬は禁忌」とされていた時代に登場し、COPERNICUS試験で全死亡率65%減少を示したことで、心不全治療の標準薬となりました。
β遮断+α1遮断+抗酸化作用という3つの作用を組み合わせた設計は、心不全・高血圧・心房細動にとどまらず、腎臓・肝臓・認知機能への保護効果も研究が進んでいます。
心臓を弱らせるはずの薬が心臓を守り、糖代謝を悪化させるはずの薬効分類が糖代謝を改善する。
一見矛盾して見えるこの薬の薬理作用を整理して理解することは、薬剤師としての臨床的思考力を養う良い題材になるはずです。
臨床現場でカルベジロールを扱う際には、起立性低血圧への注意と少量からの漸増を忘れずに、患者さん一人ひとりに最適な治療を提供していただければと思います。